« 美しく進化 | トップページ | 頭の中のテクニック »

フットサルコートのワールドカップ

2010/07/01(木)

 惜しくも、日本代表はベスト8進出を逃してしまった。国内外のメディアが報じるサムライブルーの戦い方に対する賛辞と批判に触れた余韻の中、昨夜、僕はフットサルコートにいた。30年を超えて交友のある加藤寛氏(現在、親和女子大学教授)が開いている神戸スポーツアカデミーのシニアサッカースクールで、僕も参加し楽しませてもらった。ネルソン松原氏と上村克也氏のふたりの元ヴィッセル神戸コーチも、楽しく指導していて爽やかな印象を持った。

 そして、明け方までテレビ観戦した人々がフットサルコートに集まっていた。女性も交じっていた。加藤氏が、「楽しむためのフットサルだから、スクールのユニフォームを揃えることはしない。それぞれの人が、気に入ったものを着用した方が楽しいから。」と語ってくれた。その価値観は、見事にコートに溢れていた。”まるで、フットサルコートのワールドカップ”の雰囲気のように感じるまでに時間はかからなかった。ウルグアイ、アルゼンチン、オランダ、イングランドなどのレプリカをまとった人が多い。ボールに触れることが楽しくて仕方がないといった感じで、人々の目は輝きスクールメート同士で一種の一体感を作り出していた。それぞれの人々は、きっと好きな選手イメージしながら自身も楽しみ、開催中のワールドカップを、或いは、海外のサッカーを楽しんでいるように思われた。そして、僕には、Jリーグなどの国内のサッカーも興味を深めて楽しんで欲しい気持ちが増大している。

 ところで、このブログ開設にあたり、大変なご尽力頂いた方々の中でFootball Japanの本多克己社長の存在が極めて大きい。昨今、本多氏から面白いお話を伺った。1979年、現在のU20ワールドカップが日本で開催された時の話。ディエゴ・マラドーナが最優秀選手となり、ラモン・ディアスが得点王になったワールドユース。東京、横浜、大宮とともに神戸市が4つの開催会場のひとつであった。神戸市開催のグループ予選では、パラグアイは首位通過したが準々決勝でPK戦で敗退した。エースのフリオ・セサール・ロメロ(Julio César Romero)が大活躍し、神戸市内でチリレストランを経営するチリ人のダゴベルト氏がパラグアイを応援し続けていた。この話は、当時、関東でも良く知られた有名な話であった。ダゴベルト氏は、ロメロをチリレストランにしばしば招いたという。僕も神戸に住んでからは、ダゴベルト一家とは親しくさせて頂いている。そして、本多氏からは、神戸とパラグアイとの友好関係に接していたことを聞いた。それ故に、日本代表がR16でパラグアイと戦うことに、試合前、特別な感慨があると伝えてくれたのである。

 ロメロは、その後、ブラジルのフルミネンセで大活躍、ブラジル人からも”ホメリート(Romerito)”のニックネームで崇拝された。そのロメロが、日本に残りたいとダゴベルト氏に頼んだことがあった。日本が気にいったことが、最大の理由であった。当時、僕は、読売サッカークラブの若輩者に過ぎなかったが、ダゴベルト氏と懇意にしている恩師的なジャーナリストからロメロの話を聞いた。読売クラブが契約できるとは思わないが、話だけは伝えておくというものだった。プロの時代ではなかった日本では、絵に描いた餅のようで実現は不可能であった。

 パラグアイの1万人ほどの日系人は、複雑な気持ちでパラグアイの日本との試合を迎えていたという。今は、心おきなく日本を含めてではなくパラグアイを純粋に応援できることになった。次回、ブラジル開催のワールドカップでは、現在、150万人の日系人がいる。

日本代表のR16での敗退は残念であるが、4年後、ブラジル日系人とともに日本代表を応援できる至福を味わいたいと思えるようになった。

固定リンク | スポーツ | コメント (0) | トラックバック (0)

「スポーツ」カテゴリの記事

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: フットサルコートのワールドカップ:

コメント

この記事へのコメントは終了しました。