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2011年12月

ブラジルでのクラブ・ワールドカップTV観戦」

2011/12/19(月)

 自分は、今、ブラジルに滞在している。友人のジョゼ・オスカー・ベルナルディ氏が経営しているオスカー・インというホテルに滞在中である。自然に恵まれたリゾート地であるサンパウロ州のアーグア・ジ・リンドイアで、ブラジル時間の今朝、同氏と宿泊者の人々とFCバルセロナ対サントスFCの試合を、一緒にTV観戦した。サントスFCのサポーターがいる訳でもないが、ブラジルを代表するサントスを応援する雰囲気は充分に感じての観戦となった。

 しかしながら、バルセロナが演じたサッカーは、サントスを粉砕するに値する至上のクォーリティを魅せ付けた。ブラジル・サッカーが屈辱を感じてしまうように、バルセロナは世界最高の試合を展開した。

 準決勝のアル・サード戦もオスカー氏と観戦していて、バルセロナが演じているワンタッチ、ツウタッチでのポゼンション・サッカーの素晴らしさを痛感していた。決勝戦のサントス戦、多くのブラジル人は悲観的であった。ネイマールという非凡の天才選手はいるものの、全体的には、バルセロナのサッカーには勝てる気がしないという先入観があった。

 結果は、世界中の人々が、バルセロナのポゼションの素晴らしさを実感したに違いない。ブラジル人の落胆ぶりは、言葉では表現し難い。しかし、バルセロナのサッカーに対しては、すべてのブラジル人が称賛し現実を真摯に受け入れている。

 オスカー氏との付き合いは長いのであるが、最近までスカイプで話をしていても、監督としての現場復帰の気持ちは感じていなかった。それが、今般、ブラジルで一緒にいて、同氏は、もう一度、どこかで監督をしたいという欲求が出てきたという。そんな折、ガンバ大阪の次期監督候補として、同氏の名前が日本のジャーナリズムで問いだされていることを知った。確かに、ある日本のスポーツ新聞からの電話取材は受けた。しかし、同氏の目的は、バルセロナのようなポゼッション・サッカーをどこかで指揮したいと思っているようである。それが、日本であるかどうかは別物である。日本の新聞社から問い合わせを受ける以前に、自分は、同氏の意思を聞いていたので、ガンバの話はタイミングが良過ぎたのかと思っている。

 同氏は、サントスの敗戦の戦犯としてガンソをあげている。現在のサッカーでは、テクニックに優れていても、相手をマークする運動量も必要であると力説する。メッシやネイマールは、それを実践していた。しかし、天才肌のガンソは、余りにも運動量が欠如していたと分析している。現在のサッカーでは、運動量の欠如は、チームへの貢献にはならない。

 クラブ・ワールドカップ決勝戦をTV観戦後、ミナス・ジェライス州のモンチ・シオン市、アーグア・ジ・リンドイアからは車で5分程の所であるが、同氏の生まれ故郷でイタリア系移民の子孫である友人たちと、恒例のワインを飲みながらの語り合いに参加した。サントスを愛するある歯科医のサンティスタは、サントスのレプリカに愛着を持って着ていたが、現実に落胆するよりも将来に期待したいと語っていた。

 混沌が常に身近にあるサッカー界ではあるが、バルセロナが魅せたサッカーは安定していて負けない、攻撃的な資質を全世界に知らしめたと思う。

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「ブラジル一人旅」

2011/12/12(月)

  今月初めから、プライベートでのブラジル滞在をし始めた。年明けに帰国するまでの1ヶ月間、ブラジル人の友人たちと親交を深めることを行っている。予定では、ブラジル国内の五つの州を訪ねることになる。ミッションを受けての仕事での旅ではないので、生まれて初めてのリラックスした旅を続けられていて有意義で楽しい。

 122日にリオデジャネイロに入ったが、来季からグレミオでコーチとして活動するアウミール・ドミンゲスの粋な計らいで、6日と7日の二日間、Footecon2011という国際フォーラムに特別に参加できた。現ブラジル代表監督のマノ・メネーゼス、前ブラジル代表監督のカルロス・アルベルト・パフェイラ、現アメリカ合衆国代表監督のユルゲン・クリンスマン、ブラジル選手権を制覇したばかりのコリンチャンスのテチ監督他、ブラジル国内で実績を作り挙げている人々の話を興味深く聞く機会を持てたばかりでなく、多くの新しい友人との関係を構築できた。

 その後、パラナ州の州都、クリチーバ市に移動してきた。ブラジル代表のフィジカルコーチのカルリーニョスとはお互いに存在は知っていたが、初めて直接出会って、長い時間、楽しく談笑もできた。代表スタッフのひとりとして活躍しているが、気さくで紳士な人物で、冗談も含めて2014年のワールドカップやそれまでのこと、そして、ワールドカップ後のことをリラックスして話し合えた。その際、カルリーニョスやアウミールの幼馴染の多くの人々とも親交を温めることができたが、人懐っこく、そして、人をリスペクトする態度と会話の内容や質については、至福の時間であったと思えた。

 今までスカイプなどで多くの時間を費やしてきた友人のひとりに、クリチーバ市のスポーツ委員会のイーロス・マソーゾとも初めての出会いを実現できた。サッカーのみならず、クリチーバ市マラソンを5年間も企画、運営してきた好人物である。当然の如く、2014年のワールドカップ開催に携わることになっている。ブラジル人の多くは、日本、日本人に対して、知られていないかもしれないが、常に深いリスペクトを示している。

 そのようなイーロスに、クリチーバ市を案内してもらった。何代も前からクリチーバっ子のクリチバ―ノ(Curitibano)のプライドとして、自分が生まれ、育ち、そして、多くの幼友達のいるイーロスとしては、自分にクリチーバ市の良さを知って欲しいという熱意を感じずにはいられなかった。彼は、クリチーバ市を熟知していて、そして、クリチーバ市を愛している。彼は、特定のクラブを応援する立場にはいないが、アトレチコ・パラナエンセ、コリチーバFC、パラナ・クルービなどのクラブを誇りにもしている。

 緑が豊富な大都市、クリチーバ市、そして、アウミール、カルリーニョス、イーロス始め、自分が生まれ育った住む場所に誇りと愛着を強く抱き続けている人々と接していて、クラブが地域に密着することとは、このようなことが原点であると改めて感じもしている。その理由のひとつに、今季、ブラジルで最も多くの観客数を集めたクラブが、コリンチャンスでもなくフラメンゴでもなく4部リーグ所属のサンタ・クルスであることからも理解できるものと思う。

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